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日経にレコード針ナガオカの記事(09.10.27)

 投稿者:トナカイ  投稿日:2009年10月27日(火)23時25分49秒
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   『レコード針 感動刻み続け ◇ファンいる限り生産継続、懐かしい記憶守り抜く◇』
 長岡秀樹(ながおか・ひでき=ナガオカ社長)

 ナガオカ(山形県東根市)は、国内のレコード針のほとんどを作るメーカーとして知られる。創業者の祖父、デジタルの荒波に耐えた父、そして私は3代目の社長として経営の任に当たる。

 1980年代後半、夏の日の深夜だった。社長の父、長岡栄一が自宅のリビングに当時20歳の私を呼び出した。「CDはレコードより優れているのか。レコードは無くなってしまうのか」。思い詰めた表情だった。

 「レコードを聴くファンはいなくならないよ」。そう言うと、父は私をまじまじと見た。予想外の答えであったらしい。

 −CD登場で販売激減−

 国内のレコード針の売り上げは激減していた。ピーク時は月産100万本を誇ったが、89年は数千本に。82年に世に出たCDは86年に販売枚数でLPレコードを抜き、一気に主役に躍り出た。十数年かけてCDが普及した欧米と比べると、日本はまさに“雪崩を打つ”という表現がふさわしかった。

 「返品がとまりません」「倉庫は在庫の山です」。現場の悲鳴は日に日に強くなる。父は決断を迫られた。私の一言は背中を押す一助になった。それはレコード針を作り続けることだった。

 資産を整理して90年に会社を解散。最盛期に千人超いた社員を数十人に削減、山形ナガオカ(現ナガオカ)を残し、ナガオカ精密(山梨県大月市)と販売会社ナガオカトレーディング(東京・渋谷)を新設した。針の生産継続のためだった。

 針メーカーの多くはすでに消えた。私たちは世界の需要の8割超を占める製造会社になった。そのころ、父はよく私につぶやいた。「世界に何十億枚とあるレコードも捨てるのか。時代遅れという理由だけで」。レコードの溝に刻まれた音源と共に、人々の心に刻まれた懐かしい記憶までも捨て去ってしまうようで悲しかったのだと思う。

 レコードファンは喜んでくれた。続々と手紙が届き、多いときはダンボール数箱分になることもあった。父は一枚一枚に丁寧に目を通した。91年の雲仙・普賢岳の噴火災害で被災された方からいただいた便りが、私は印象深い。

 土石流で家が流された初老の男性だった。残された倉庫でホコリをかぶったレコードプレーヤーを発見、若いころに聴いた曲をかけてみたという。「思い出がよみがえり、涙が止まりませんでした。レコードが聴けなくなると、生きる勇気がなくなってしまいます。これからも頑張ってください」

 こんな温かいお客様の心に触れ、父の決意は揺るぎないものになった。「レコード針で飯を食わせてもらったんだから、しばらく続けようや」と言っていたのが、いつしか「オレは絶対にやめないぞ」に変わった。

 −事業多角化で活路−

 私は外資系のコンピューター会社を退職して97年に入社。2003年、ナガオカトレーディングの社長に就任した。以後、父や先輩と共にレコード針に頼らない事業の多角化に挑んできた。“硬くて小さいものを加工する”原点に立ち戻ることが突破口になった。

 そもそもが我が社の前身は、40年設立の長岡時計用部品製作所。機械式時計用の軸受け石を作っていた。終戦後、日本に進駐した米軍が蓄音機に使うレコード針の不足に悩み、精密部品の扱いに秀でた当社に製造を打診したのが始まりだった。つまり針は大本の技術の枝葉でしかないはずだ。

 精密測定機器用の触針や小型マグネット、大規模集積回路の検査用プローブピン(先端部品)と、経営の多角化に成功。現在、総売り上げに占めるレコード針の割合は10%程度にすぎない。

 それでも、人はナガオカを「レコード針の…」と言う。この事実を私たちは誇りに思う。今年亡くなった父から教わったことが多々ある。特に心に刻んでいるのは、お客様に喜ばれることが仕事の絶対条件であるという事実だ。ナガオカが正道を歩んだ証しが呼び名に込められている。私はそう信じている。

 −月産4万〜5万本維持−

 20年前の私の“予言”は当たった。針の国内の売り上げはこの10年、月産4万〜5万本で推移。DJブーム、レコードへの回顧の動きは00年から毎年のように起こった。さらには長年レコードを愛し続ける人が時代を超えて存在する証明だと思う。

 この先、世代交代が進んでも、デジタルオーディオが技術革新を遂げても、私たちは針を作り続けているだろう。半世紀にわたってレコード文化を守った責任があると思うから。

 〔日本経済新聞2009年10月27日(火) 朝刊44面 “文化” 〕
 
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