teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]


平成最後の[クリパ]告知(2)

 投稿者:KINDO  投稿日:2018年11月19日(月)14時24分13秒
編集済
  来たる[クリパ]まで約一ヶ月前となりましたので、再告知をします。

今回は、昭和の時代に始まった長~い歴史ある[クリパ]も平成最後の宴を迎えることになります。
流れゆく月日は早いもので、周りがどんどん移り変わっていく気がします。が、気づかないうちに、私たち自身も端から見れば変わってしまっているようです。自身の容姿もさることながら、考え方も置かれている環境も日々刻々と更新されています。中にはまったく変わらないサオリストもいるようですが・・・。(笑)

さて、先日BOSS提供による、参加者の中から希望者5名へ[南沙織さんのサイン色紙]をプレゼントする旨のオファーを受けましたので、今回追記させていただきます。未だにヤフオクなどで高額取引されている現状を知れば、サオリストにとっては感激のお宝中のお宝となります。

本年12/23のクリスマスは、是非ともサオリストの仲間達と「おでん」の宴(忘年会)に参加してみませんか。 そこで、嬉しい情報をひとつ、「おでん」はカロリー低めなので血糖値が気になるおじさん達が爆喰いしても大丈夫らしいですよ、やったね。(どこかのテレビで言ってたよ)

※参加者の7割くらいが下戸ですから、アルコールの苦手な方も大歓迎よん!

  ーーー 2018年 参 加 者 募 集 要 項 ーーー

  日時:12月23日(日/祝) 17:00~(時間無制限一本勝負)
     ※お店は15時から営業なので、早めの入店も対応可。
  会場:お多幸・新宿店(4F)Reserve済 TEL03-3352-4771
     〒160-0022 東京都新宿区新宿3-20-1
  交通:JR新宿駅東口・徒歩7分、※アクセスは添付地図参照。
     地下鉄丸ノ内線新宿駅B10出口・徒歩1分
     ※道に迷ったらKINDO携帯へ。出迎えに参じます!
  会費:男性:5000円前後(終宴時・均等割の明朗会計)
     女性:3000円均一、なお男性でも少食の方や遅れての参加
         & 早退の方は割引対応
  参加:下記幹事KINDOまでご一報を。
     又は、この伝言板上にハンネで参加表明してもOKでごわす!
  受付:~12月17日(月)まで。なる早の参加表明は大歓迎!
  主催:東京17会(とうきょうとなかい)
  幹事:KINDO  haneryo17@ybb.ne.jp
          自宅03-3823-2235 携帯090-3808-7086

  ★★★★★★★★★★ お楽しみ ★★★★★★★★★★★★★★

  ※進呈:南沙織さんの直筆サイン入り色紙プレゼント(希望者5名様)
  ※企画:参加者へのプレゼント用 Cynthiaジ☆ソーパズル制作中!
  ※昔話:BOSSによるCynthiaに関するエピソードを披露予定!
 
 

茅ヶ崎のMEAさんへ

 投稿者:仙台のTon chan  投稿日:2018年11月14日(水)09時43分49秒
  こんにちは!お会いしたいです♪今年のクリパにいらっしゃいませんか?以前、仲良くしていた茅ヶ崎のファンの方がいらしたのですが、私の知っている方なのかな?まあ、知っていても、初めましてでも、ファンの方と語り合えるのは嬉しいので、是非、万障くりあわせの上、ご参加下さいネ!

もちろん茅ヶ崎のMEA様以外のシンシアストリートを見て下さっている方、皆様ともシンシアへの熱い熱い思い(BOSSのシンシア愛には負けちゃうかもしれないけど)を共に語り合えたら嬉しいです。
 

イチロー

 投稿者:BOSS  投稿日:2018年11月13日(火)21時04分29秒
  書き忘れましたがイチロー選手以来これも17年振りの快挙です!
 

大谷翔平

 投稿者:BOSS  投稿日:2018年11月13日(火)21時01分27秒
  皆さんは野球なんて興味無い方も見えると思いますが、今年からメジャーリーグに挑戦した大谷翔平選手はご存知でしょうか!?

自分もメジャーはあまり見なかったですがアナハイムエンゼルスの背番号17番に決まった時は嬉しかったです!
開幕戦から伝説のベーブルース以来の二刀流で、今日各チームの番記者が選ぶアリーグの新人王に選ばれました!
17と言う数字はシンシアファンにとって格別なので来年からの活躍にも期待したいです。
もし去年だったら新人のジャッジ選手が50本以上のホームラン打って新人王だったので、今年デビューで運も味方したんですね!

皆さんも来年からエンゼルスの背番号17番を応援して下さい。
 

クリパ

 投稿者:Shigeru  投稿日:2018年11月11日(日)01時15分29秒
  BOSSさんの投稿には胸が熱くなりました!

12月23日のクリパには是非とも参加させていただきたいと思います。
先日東京に行った際に数年ぶりにお多幸さんで夕食を食べて来ました。
関西人の私は初めてクリパに参加した時に出てきたおでんのお汁が真っ黒なのに
びっくりしたのを覚えてます。
でも味は相変わらず美味しくてこの日も繁盛していました。

来月23日を楽しみにしています。
 

1971.11.8 シンシア愛に燃えて-03

 投稿者:BOSS  投稿日:2018年11月 8日(木)09時32分37秒
  02のつづき

03-奇跡的な出逢い編ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
8日(月・3日目)早朝、
「じゃ、俺は家に帰るわ」
と言うおじさんに一宿一飯のお礼をして別れたあと、前日同様、東京駅から東小金井駅へ向かいました。
シンシアのアパート前に自分が到着した時には、もう既に8人ぐらいファンの姿がありました。
しばらく経ち、扉を開けて階段を降りてくるシンシアの姿は、まさに月の女神様の降臨といった輝かしい光景が印象的でした。多分スッピンだろうけど、それはそれは可愛らしいスマイルに出逢え、ハートに矢が刺さったようなドキドキ感を味わいました。〈夢か幻か、いやいやこれは現実なんだ〉と自分に言い聞かせながら、徐々に冷静さを取り戻すことができました。

この日もスケジュール多忙のシンシアは、逢いに来てくれたファンのみんなに会釈すると、足早に迎えの車へ乗り込みお仕事先へ出発してしまいました。
この時、自分は彼女を写真に収める事だけで必死だったため、握手にまで気がまわらず会話も出来ないままでした。でも初の生シンシアに逢えただけでもう大満足、おかげで3日間の苦労と疲れが吹っ飛びました。この時、人生で一番の夢が叶った瞬間であり、これ以上の幸せは無いと思ってしまいました。
11月8日を迎える度に、シンシアと初めて出逢えたこの思い出を大切に、これから先もずっと自分だけの記念日として、心に刻み続けていこうと思っています。

そこで自画自賛ですが、やっぱり逢いたい情熱の思いは通じるんだなぁって強く実感しました。
内気な性格からくる怯えや不安より、逢いたい気持ちが上回り、行動を起こすパワーを誘発してくれたのかもしれません。
だけど、自分の性格は人見知りで恥ずかしがり屋なのに、よくぞ東京まで行く決意を下した自身に我ながらビックリです。シンシア本人も同じように、人見知りで恥ずかしがり屋な性格だと数年後に吐露していたので、似たもの同士ってことなのかな?。
明星の記事がきっかけで、同じように全国から上京し、アパートを探し当てたとしても、留守がちな彼女に逢えないまま、夢半ば寂しく帰路に就くファンもきっと数知れず居ただろうと推測されます。

まだ早朝だったため、この後シンシアの通学先・調布のアメリカンスクールへ足をのばしてみました。月刊平凡(1972.1月号掲載)で、小柳ルミ子と一緒の電車で通学・通勤していた記事が記憶にあって、時間が許す限り訪ねてみたいと考えていたので、見つけたときは本当に嬉しく思いました。しかも、シンシアのアパート探しの場合と違って、何も迷う事無くスムーズにアメリカンスクールへ辿り着けたので、今回の思い出がもうひとつ増えることになりました。
しかし、当時シンシアはお仕事が忙しくて、思うように学校に通えなかった事実を後々に知ったとき、思いっきり勉強したかった彼女にとって、とても辛い経験をしたんだろうなぁと思うと、心から慰めてあげたい気持ちが湧いてきました。

この日は月曜日だったので、さらに渋谷まで戻り〈NTV紅白歌のベストテン〉(渋谷公会堂)を観覧することにしました。お昼前に会場前へ到着した時は、すでに入口から長蛇の列だったので、もう3階席の列へ並ぶより他ありませんでした。白黒テレビの画面と違って、超満員の会場内は熱気ムンムンで、生まれて初めて見る公開生放送に大興奮。高揚する臨場感を身体全体で楽しめてとても満足できました!
この日はシンシアも出演していたので、本番終了後のいわゆる〈出待ち〉も体験できました。
今朝のアパート前で、彼女の移動車をチェック済みだったのが幸いし、迷わないで彼女のお見送りに参戦することが出来ました。

初上京にしてはまずまずの戦利品(成果)を収めることができ、その日の夜行で豊橋駅まで戻ることにしたのですが、シンシアに出逢えて興奮し疲れている身なのに、なぜか帰路の列車内では一睡も出来ませんでした。きっと気持ちがまだ高ぶって熱も冷めずに、シンシアの笑顔がちらついていたからかもしれません。

明くる日からは、また元通りの高校生活を送ることになりました。
下宿先で、もっと沢山のでっかいシンシアポスターを部屋中に貼りめぐらせていたら、その数は天井を占領するほどに迫り、シンシアだらけの部屋になってしまいました。そんなポスターの彼女の眼差しを見つめながら、〈今の僕には、君しか見えない!〉な~んちゃってキザなセリフのひとつも言ってしまいそうになりました。

自分が住む豊橋から東京までの距離は230キロ。新幹線は運行していたけど、貧乏学生の移動手段となると普通列車しかありませんでした。そんな田舎暮らしから脱しようと画策する日々の中、卒業後は、シンシアと同じ東京に住みたいとの夢が広がり、次はシンシアと握手がしたい、会話も交わしてみたいという願望も涌いてきました。そんな自分がこれから先、生きていく意味(心の糧)に巡り会えたことで、期待でいっぱいの明るい未来を垣間見ることが出来ました。

シンシアはシンシアそのものだから、シンシアにはずっと幸せでいて欲しい。〈ハートマーク〉
シンシア、これまでもこれからもずっとず~っと大好き、愛してるよ! 〈ダブル・ハートマーク〉(^.^)

画像詳細
07-1972.1月号 月刊明星 ライバルはおんなじ電車でツーキンしている
  (ぬいぐるみを抱いて電車に乗るってマジ卍! きっと編集側の演出かな、可愛いから許しちゃお)
08-1971.9.21号 週刊セブンティーン もうひとりぼっちじゃない!!
  (アメリカンスクール校門にあるネームプレート前でポーズ/左下)
09-1971.11.8 NTV紅白歌のベストテン/渋谷公会堂
  (初めての観戦は3階席で、小さくシンシアを捉えることが出来た/BOSS撮影)
 

BOSSの行動力に敬服

 投稿者:KINDO  投稿日:2018年11月 6日(火)17時50分23秒
編集済
   私もBOSS同様、沙織ちゃんがデビュー時の衝撃は47年経っても忘れちゃ~いませんぜぃ!
 しかし、彼女のデビュー時にはその年から東京在住だった私でしたが、沙織ちゃんに逢いたいと思っていてもBOSSのように行動するまでに至らなかったなぁ。月刊明星の記事写真を見たときも、その場所へ行こうとはしませんでした。だってさぁ、逢えるなんて思えなかったんだモンね。その時、BOSSの後をコッソリついていっていたら良かったと思っとりますです。(笑)
 50番以内の会員番号もスゴイ! 私の場合は6千番台だったので、このことに関してもとんでもない瞬発力と情熱溢れるファンだったんだと敬服いたします。お見逸れしました!!!

 それじゃぁ、11月8日、三部作の最終投稿を楽しみにしています。
 

BOSSへ

 投稿者:仙台のTon chan  投稿日:2018年11月 6日(火)13時12分32秒
  47年前のマサに今日ですネ!BOSSのシンシアへの熱い熱い思いが伝わってきます。ファンの中でも別格だったBOSSだけど、行動力もすごいし、運も持っていますネ!シンシアに会えて、写真まで撮ってくるのはさすがです。

ファンクラブの50番台もすごいなあ♪

 

1971.11.8 シンシア愛に燃えて-02

 投稿者:BOSS  投稿日:2018年11月 6日(火)09時44分47秒
編集済
  01のつづき

02-出逢いまでの悲喜交々編ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
11月5日(金)深夜、待ちに待った決行日を迎え、たった一枚の切り抜き情報を手掛かりに、東京の地図さえ持たず夜行列車に飛び乗りました。きっとシンシアの魅力が、自分をポジティブ思考へ変えて行動的な性格を呼び起こしてくれたのでしょう。
6日(土・1日目)早朝、東京駅着後、中央線に乗り換えシンシアの住む東小金井駅で下車し、早々に記事を頼りに用水路沿いを探し歩く事にしました。しかし、夕方まで探し続けるも、何の手掛かりすら見つからないまま初日は呆気なく暮れていきまいました。
後から知ったのですが、当時の小金井市は人口7万人の大きな街なので、当たり前ですが冷静になって考えてみれば、アパートの記事写真だけでシンシアに逢えると考えてしまったのは、あまりにも浅はかで無謀な計画だったと言えるかもしれません。

その夜、学生の自分には外泊する資金も無いので、初上京の起点となる東京駅構内で野宿しようと覚悟を決たのですが、案の定、自分の風貌から〈家出少年〉と間違えられ、職質に遭い交番で事情聴取を受ける羽目になりました。しかし本当の上京理由など言えるわけもなく、
「友達に会いに来たけど、いなくて…」
と誤魔化しながら返答すると、実家へ電話で素性確認を強いられ、家出人ではない事実を親の口から説明を受けたあと無事に解放されました。このあと始発まで、独りで膝を抱え駅構内で寝ようとしましたが、11月深夜のコンクリート上に直座わりは、底冷えが厳しく寒さはハンパなく辛かった記憶があります。

明けて7日(日・2日目)は、始発電車で東小金井駅まで行き昨日の続きを試みようと、地域一帯を絨毯爆撃のごとく捜索したのですが、市の境界すら判らぬまま時間だけが無情にも過ぎてしまいました。

しかしそんな時、ラッキーな出来事と慈悲深きお導きに遭遇し、めでたくシンシアのアパート前まで辿り着くことが出来たのです。
アパートを見つけた時は、感動で「わーっ」て思わず叫んでしまいました。
自分がココまで来られたのは、これはある意味奇跡と言えるかもしれない!  〈Unbelievable ~!〉(^.^)
早速表札を調べてみると、彼女の部屋は203号室だと判明しました。
そこで思いの丈を書きしたため持参した、人生初のファンレターを203号室の郵便受けに投函しておきました。
さらに思い切ってドアをノックしてみると、同居人の女性が親切に応対してくれて、
「今日は何時に帰ってくるか判らないから、明日の朝6時ぐらいに来たら逢えるよ」
と教えていただきました。

もう、それから明日のことを考えると、楽しみで胸いっぱいになり天にも登るウキウキ気分に浸ってしまいました。その後は、夢にまで見たシンシア本人に逢える時がいよいよ明日に迫っていると思うと、胸の高なりがより一層激しくなりました。
上京してここまで駒を進めたことで、〈よしっ、これできっと逢える!〉と確信できるいっぽうで、夢が叶ってしまう喪失感も同時に脳裏を過ぎりました。でも、これで忙しい彼女に本当に逢えるのだろうかという、不安な気持ちと期待が交錯していたのも事実でした。

この日の夜も昨夜同様、東京駅まで戻りホームのベンチで疲れ果てて座り込んでいると、
「夜10時にもなるのに何してるの?」
と、知らないおじさんに突然声を掛けられました。
「この辺りで野宿するんです」
と応えると、
「だったら、今夜も寒くなるし俺といっしょに宿へ泊まらないか?」
と勧められてしまいました。正直ちょっと怖かったけれど、連日寒い夜を過ごす事を考えたらラッキーなお誘いなので、そのおじさんの言葉に甘えることにしました。ついでに温っかいラーメンもご馳走になり、八重洲口からほど近い素泊まり宿に相部屋をとってもらいました。今考えると、もしも、あっち系の人だったらヤバかったかもしれません! 話を聞くとやさしくて親切なおじさんは、奥さんと喧嘩して家を飛び出して来たんだと告白してくれました。

03へつづく(11/8投稿予定)

画像詳細
04-1971.11月号 月刊平凡 自宅アパートの階段にて
05-1971.11.8 アパート前での初シンシア/BOSS激撮01(ファンと受け答えするシンシア)
06-1971.11.8 アパート前での初シンシア/BOSS激撮02(移動車で出発)
 

1971.11.8 シンシア愛に燃えて-01

 投稿者:BOSS  投稿日:2018年11月 5日(月)11時26分23秒
編集済
  【お願い】南沙織さんのデビュー直後、彼女のことを〈沙織ちゃん〉と呼んでおりましたが、都合により今回の投稿では一部を除き〈シンシア〉で統一させていただきました。
また、記号のハートマークが文字化けするため、苦肉の策で本文中に(ハートマーク)と表記しました。

今回は1971年、自分が初めて上京し、憧れのシンシアに逢うまでの思い出を綴ってみました。

01-ときめき上京決意編ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
当時16歳の自分は、愛知県豊橋市の書道家先生宅へ食事付きの下宿をしながら、ごく普通に平々凡々と高校(男子校)生活をおくっていました。アパート下宿と言っても自分専用のドアから出入りが可能なため、自由奔放なひとり暮らしだったと言えます。そのため、たとえ夜遅くに帰宅しようが外出して何日も留守しようが、監視の目がまったく無い超ラッキーな環境下での青春時代を謳歌することが出来ました。
もしも、親と同居し自宅通学の身だったら、学校をズル休みして東京へ行くことなど到底不可能だったでしょう。だから、同級生と比べ自分は恵まれた境遇だったと言えるかもしれません。

そんな高校在学中の1971年6月1日(水)、心ときめくスーパーアイドルが彗星の如く誕生したのです! 皆さんご存じの通り、その女の子は、まさに天から舞い降りた清らかな天使・月の女神様〈南沙織〉さんでございま~す。彼女は小麦色の素肌に長い黒髪も爽やかに、瞳を輝かせながら眩しいほどのオーラを放っていました。
南国の香りする清楚な微笑みに魅了され、彼女のその衝撃的な姿に自分はひと目で即ゾッコン(ハートマーク)LOVE! デビューと同時にすっかりハートを鷲掴みにされると、魔法にかけられたかのように、寝ても覚めてもハートの中はシンシア色に染まり、日増しに愛おしい存在となりました。ずっとこんな時間が続いて欲しいと願いながら、ファンクラブ会員募集の告知時には、真っ先に入会手続きを済ませて、50番以内の二桁の会員番号をゲットすることが出来ました。

当時の日課は、シンシアの曲を口ずさみながら、12キロを30分掛けて自転車通学する毎日でした。かなり全速力で走り続けていたせいか、知らず知らずの内に足腰が鍛えられ、クラスの長距離走ではいつもトップの成績を収めていました。そのため、部活はすでに写真部へ所属していたにも関わらず、陸上部から勧誘されたという体験があります。でも、陸上部は拘束時間が長いので断っていました。その点、写真部は基本自由参加なので、居心地が良く自分の性に合っていたのだろうと自己分析しています。

思えば、シンシアはそれまでで一番好きになった女の子で、こんなに夢中になり心ときめいた経験は生まれて初めてのことでした。次第に逢いたい気持ちが募るばかりで、彼女に逢う事が在学中の一番の夢と目標になりました。
しかし、いかんせん自分の住む町は片田舎なので、シンシアが地方活動のために来訪する事など望めず、残念ながら待てど暮らせど彼女に来ては貰えませんでした。
そんなシンシアは、自分にとって雲の上の存在であって、会う事などとても叶わぬアイドルなんだろうと半ば諦めていました。

毎夜、文化放送やTBSラジオの深夜放送から、流れてくるシンシアの曲を聴いているうちに、応援する気持ちになり、自分もリクエスト・ハガキを出して何度か番組内で読まれたこともありました。
ある日、シンシアの動く映像見たさに、我慢できず小遣いを貯めてデパートで白黒テレビとステレオを購入し、シンシアの出演する歌謡番組をかじりつきながら見たり、レコードを擦り切れるまで聴いていました。

下宿アパートのドアの内側にシンシアのポスターを貼って、学校への登下校時にはいつも
「シンシア、行って来ま~す! シンシア、ただいま~!」
ってKISSしていました。気持ち悪いって言われそうですが、当時は皆んなCHU~してたんじゃないかな!? この歳になってもまだしている輩が居たらちょっと引いちゃうけどね。(笑)

そうして月日は流れ、シンシアに逢いたい気持ちが日ごと募り、益々悶々とするだけで、そう簡単に逢える方法など見つかる訳も有りませんでした。
そんな時、月刊明星11月号に〈沙織の東京でのお城がやっとできました!〉と題して、彼女が住むアパート全景が約3センチ四方大の白黒写真で紹介されたのです。その説明書きによると、クリーム色の木造二階建で前面が空き地、横に用水路が有る云々・・・と記されていました。

その記事を見たとき、天から照らす神々しい光明を感じ、〈あっ、この記事を頼ってココに行けばシンシアに逢えるぞ〉と単純に思い込んでしまいました。若気の至りと言うか無茶な考えと言うか、でも、心で思っているだけでは、彼女に逢えるワケなどなく、その実行日を今か今かと伺っていました。

02へつづく(11.6投稿予定)

画像詳細
01-1971.11月号 月刊明星 沙織の東京でのお城がやっとできました!(掲載記事全面)
02-1971.11月号 月刊明星 沙織の東京でのお城がやっとできました!(アパート部分拡大)
03-1971.11月号 月刊平凡 アメリカンスクール11年生(通学編・東小金井駅前にて)
 

感激です!

 投稿者:茅ヶ崎のMEA  投稿日:2018年11月 2日(金)22時08分37秒
  何年ぶりでしょう、cynthia streetに立ち寄ったのは。
正直とうの昔に閉鎖されたものと思ってました、勝手に。
けど、多くのファンが投稿を続けているなんて、ホントに、ほんとに、本当に感激です!
いつまでも私たちの(本当は”私の”と言いたいんですが)女神です。
Cynthia 大好き!!
 

40年前のこと・・・

 投稿者:新潟のよこちゃん  投稿日:2018年10月31日(水)21時45分46秒
  久々におじゃま(カキコ)させてもらいます。
我々サオリストにとって、思いの多い月である10月が過ぎ去ろうとしています。

実は、10月1日の夜にBOSSから電話をもらい、「40年前の10月1日のラストパーティに君も参加していたのだから、何か思い出でもカキコしてよ~」とのご要請がありました。
BOSSは我々地方在住のサオリストにとっては大恩人ですから、すぐにカキコすれば良かったのですが、正直なところ、ラストパーティの事はあまり覚えていない・・・と言うよりも私にとってあまり良い思い出としては残っていないので躊躇したしだいです。
著名歌手とその熱烈なファンとのお別れの「儀式」ととらえるなら、それは必要なイベントだったのだろうけれど、あの日のシンシアは何故か遠い人に思えて淋しかったのです。1人対350人では、直接話しをすることも出来ないし、仕方のないことだったのですが・・・。親しい仲間と思っていた仙台のTONちゃんがステージ上で司会をしている姿を、遠くからうらやましく眺めていた自分がいました。
その時の心境を、今あらためて客観的に考えてみると、その約2ヶ月前に行われたイベントとの違いがあまりにも大きかったからだと再認識しました。そのイベントは歌手とファンとのイベントというよりも、一人の女性であるシンシアと彼女を慕う仲間とのふれあいの機会でした。
プロダクションやファンクラブの企画ではなく、本当にプライベートな旅行であり、ふれあいの機会でした。
1978年7月、シンシアと我々サオリスト数十名は、シンシアがプライベートで休みをとった日に、石川県の千里浜のリゾートホテルに全国から集結しました。1泊2日で彼女を囲んで浜辺でゲームや花火で遊んだり、ホテル内で生ビール飲み放題の大パーティなどで騒ぎまくったのです。
本当にあの時は楽しかったし、シンシアをとても身近な女性として感じ、接することの出来た非常に貴重な時間を過ごすことが出来たのです。
その時のひとつのエピソードとして、私の脳裏に明確に記憶されていることがあります。
夜の海岸で、砂浜にじかに座りシンシアを囲んで雑談をしていた時の事です。その時、シンシアは周りにいる数人の人にしか聞こえないような声で、唐突に「紀信先生の山中湖の別荘に行って楽しかった」ことや「紀信先生が自らたらこスパゲッティをつくってくれた」ことなどを、とても楽しそうに、でもどこか遠くを見るような表情で、我々に語りかけてくれたのです。目の前にいるシンシアから突然に紀信先生の名前が出た事や親しくしている事について、私はその時どう反応していいのか分からなく、戸惑ったことをまるで昨日のことのように覚えています。

今般、BOSSが紀信先生とシンシアとの交際の事をシンシアの休業宣言前に知っていたことをこの伝言板で表明されました。
「さすがBOSSだなぁ」と思いつつも、このことであの当時の事を振り返る機会を与えていただきました。
何故、突然に(こちらが聞いてもいない)紀信先生の事を無防備に語り始めたのか?
きっと、あの時のシチュエーションの中で、シンシアは一人の女性として(信頼している)紀信先生と過ごした楽しいひとときの事を、心と心が触れ合えた我々にも知ってほしかったのかな!?・・・と拝察しております。

シンシアと紀信先生との事は、我々サオリストにとって極めてデリケートな事であり、その取り扱いには充分な配慮が必要ですが、こうしてその一端をHP上でカキコすることが出来るという事が、40年という歳月の積み重ねによるものと思料します。

尚、この時の砂浜での事は、私が30年前に自費出版した小冊子「邂逅」の中で、「たらこスパゲティ」と題した拙文で詳しく記しております。
この小冊子は、KINDO氏の全面的ご協力のもとに1988年に200部程 上梓しました。

今年も、私は年末のクリパに出席させていたく予定です。KINDO先生宜しくです。
クリパに参加される方で、もし、この小冊子をご希望の方がいらっしゃれば、差し上げようかと考えております事を申し添えます。[長くなってしまい、ゴメンナサイ。]
 

激白、感謝!

 投稿者:C-mad  投稿日:2018年10月28日(日)02時46分6秒
  Bossさん、激白ありがとう。
7~8年前、篠山先生が出演されていた‘徹子の部屋‘を見ていたときのことです。
突然、南沙織の理想の男性像を語られている記事を思い出しました。
最初は篠山先生が理想の男性像に近いと感じられましたが、番組の最後の方では、理想の男性像ではなく、篠山先生を念頭に置いて語られた記事ではないかと感じました。
おそらくこの取材を受けられた時には、‘シンシアさんの心中に篠山先生が居られたのでは‘という疑念を持っていましたが、それが裏付けされたようで何か安心できました。
これからも‘激白‘よろしくお願いします。
 

げじまゆさんへ

 投稿者:仙台のTon chan  投稿日:2018年10月23日(火)21時08分31秒
  クリパでお会い出来るのを楽しみにしていますネ!

実はその日、子供の吹奏楽のコンサートがあることがわかり、行けないかもと思ったけど、23日、24日の二日公演なので、23日には他の家族で行ってもらい24日のコンサートに間に合うように帰ることで次女には納得してもらえました。

南沙織さんへの熱い思いをみんなで語り合いたいですネ!
 

Bossさん ありがとうございます。

 投稿者:しんのすけ  投稿日:2018年10月21日(日)10時49分50秒
  さすが、Bossさん。
記者の方にも信頼されてたのですね。
沙織ちゃん情報も、真っ先に教えてもらってた。
すごい。
Bossさんもすごいけど、CIA並みの
週刊誌記者の取材能力にも
脱帽です。
取材源を探し出す能力、まさに神業。
 

真祖激白!

 投稿者:BOSS  投稿日:2018年10月20日(土)19時31分31秒
  またも睡眠薬を飲んでカキコしてしまい申し訳有りませんでした!

続き

実はさよならコンサートの何ヶ月も前から、紀信先生とお付き合いをしている事は極秘情報として知っていました。
業界関係者「とある週刊誌の記者」の方と友人関係だったので、シンシアの情報は逐次に連絡が来ていたのです!
ある日急に重大な話しがあると居酒屋に呼び出されました。
熱烈なシンシアファンだと知っている彼は中々核心部分に入ってくれませんでした。

ファンである自分がショックを受けると心配して気を使わせてしまい、彼の口を重くしたのかもしれません。
当時の私のシンシアに対する位置付けは、ファンの域を凌駕していて達観して見ていました。
この歳になって同窓会に参加して追っかけはほとんど全国を制覇したよと言うと、決まって言われたのがそんなに好きだったら結婚したいとか恋人にしたいと思わなかったのと必ず聞かれました。
うーんそれは次元が違うんだよと言っても中々理解して貰えませんでした!

私にとってシンシアは神で有り天使で有ったので、恋ごころ抱く存在では無かったのです。
だから恋人が出来ようが結婚しようが、シンシアに対する立ち位置は普遍でした。

自分が先ず心配したのは引退前にスクープされたら、シンシアも嫌な思いをするだろうと考えていました。
それにラストのさよならコンサートに向けて最後の追い込みをしてるシンシアファンに、一生懸命に応援して貰いたかったです。

シンシアが最後のコンサートに向かっている時に何時もラストスピーチで言っていたのは、私が結婚相手を皆んなが反対するかも知れません。
その時にはたった一人でも良いですから応援して下さいって言っていました。
後から考えるとそれは無意識のうちに紀信先生の事があっての発言していたのかもしれません!

この当時から女性歌手の方はミュージシャン、テレビ局のAD、マネージャー、業界関係者の方と結婚、離婚して芸能界復帰するのが定番でした。
シンシアには心から幸せになって欲しいと願っていましたから、紀信先生なら心配ないと思っていましたから結果は願ったりかなったりでした!

やっとまともなカキコが出来ました!

クリパの時にはシンシアストリートにはカキコ出来ない今回の枝葉を情報を発表しちゃうかも!!!
 

週刊女性

 投稿者:しんのすけ  投稿日:2018年10月20日(土)18時07分47秒
編集済
  Bossさんはやはりご存知だったのですね。
完全無敵のファンだ。
今だったら文春砲? 週刊女性の記者にも
南沙織ファンがいて、引退後に記事にしたのでしょうか?  Bossさんもすごいけど、やはり週刊女性の記者の取材はすごいなぁ。
 

クリパ

 投稿者:げじまゆ  投稿日:2018年10月20日(土)14時05分48秒
  クリパもちろん参加いたします!!
もう1年たつんですね。早いですねぇ~
今回はほんの、ちょっとしたシンシアに関する話をお持ちしますね
 

告白??

 投稿者:BOSS  投稿日:2018年10月19日(金)21時45分56秒
  先日は睡眠薬を飲んでカキコしたから知り滅々で大変失礼致しました!
後から読むと恥ずかしいです?

満寿夫さん、早速のクリパの参加表明ありがとうございます。

しんのすけさん、投稿ありがとうございます!
実はシンシアと紀信先生がお付き合いをされている事は、さよならコンサートの何ヶ月前から噂じゃなく真相は知っていました。
私も公表は控えていたのでコンサートの会場に来ていたファンで知っていたのは僅かでした。

コンサートでこの件に触れなかったのはマジだったからでしょう!
私は紀信先生だったから、きっと大切にしてくれると確信していましたから賛成していました??



 

週刊女性

 投稿者:しんのすけ  投稿日:2018年10月18日(木)17時10分37秒
  Bossさん、

ファンも全く知らなかったヨーロッパ旅行を週刊女性がスッ羽抜くとは、ガクガクブルブル。 当時の週刊女性の取材力は凄かったのですね。 Bossさんも知らないことあったとは、驚きです。
 

たった1人の記念日

 投稿者:BOSS  投稿日:2018年10月15日(月)20時01分1秒
  2018年10月15日今だに忘れられない一生の思い出
です。
コンサートが終わった翌日に紀信先生が待つヨーロッパに旅立った事が週間女性で載り、ファンの間では喧々諤々でした、

あるものは裏切られたとレコードを聴く粉々2する輩もいました!
そのファンの気持ちは理解出来ます。
あれだけ何度も結婚の為に引退するんじゃない、学業に専念する為だと言っていながらだったから!
引退宣言をした時はまだ紀信先生との結婚はまだ2人ではまだだっんとじゃないけどな!

シンシアは嘘だが嫌いだったし引退宣言からさよならまでに2人の間に急速に進展したのでしょう。

渡欧だって最低でも2か月まえにはチケットは取って有っただろう。
この半年後には結婚式をした訳だから、さよならの時はもう結婚する事が決まっていたんじゃないかなぁ

出来れば!さよならコンサートのアンコールぐらいで宣言して欲しかった。

で、何でこの日が記念日だと言うと、皆さんには理解不能かも知れませんが1週間後の同じフライトを見送りに成田に出掛けました。

しかし当時は成田闘争真っ只中でしたから、見送りの入場は原則禁止でした。
しょうがないのて飛行機が見られるとこまで歩こう思い両側に3メートルぐらいの高さ鉄板の間を歩いている時にフライトの時間20時になって、成田湯川への帰路につきました。

すると間もなく巡回のパトカーが来て職質を受け身を拘束されました。
後部座席の真ん中に座らせられ両側警察官が座り成田署に向かいました!

尋問室で何故にあの場所いたのか、色々な尋問を受けました。
シンシア1週間後フライトを見送りに来た時説明会しても中々信じて貰えませんでし

最後は自宅に電話をしてシンシアのファンだとわかってもらい、シンシアのスケジュールを記載した手帳と週刊女性、パスケースに入れ有ったシンシア等2ショット写真て^_^無事に解放されました。

成田絵までパトカーです送って貰いました!

 

ありがとうございます

 投稿者:海田満寿夫  投稿日:2018年10月12日(金)21時55分21秒
  仙台のTonchanさん ♪
歓迎のコメントありがとうございます。
実は、山口の田舎者なので、新宿のお多幸さんまで、
当日無事にたどり着けるかどうかとても不安です。(^_^;)
何としてもたどり着いて、皆さんとシンシアの話で盛り上がりたいですね。♪
 

わあい♪

 投稿者:仙台のTon chan  投稿日:2018年10月12日(金)14時58分16秒
  海田さん♪こんにちは♪

参加表明ありがとうございます。クリパでお会い出来るのを楽しみにしております♪

私も万障繰り合わせて、万難を排して参加します♪よろしくお願いしますm(__)m
 

クリパ参加希望

 投稿者:海田満寿夫  投稿日:2018年10月11日(木)21時08分29秒
  もう、何年も前からずっとあこがれていた東京17会のクリパ。
今年こそは、万障繰り合わせて、万難を排して、
参加させていただこうと思っています。
どうぞよろしくお願いします。
 

南沙織さんの追っかけラストコンサート

 投稿者:仙台のTon chan  投稿日:2018年10月 7日(日)21時24分55秒
  南沙織さんが引退してから、今日でちょうど丸40年♪月日の経つのは、ホントに早いですネ!

引退宣言を聞いてから、ラストコンサートまで3カ月間、大好きな大好きなシンシアを出来るだけ追いかけていました。

今日がラストコンサート♪コンサート自体は、高槻や名古屋でも見ていたのですが、やっぱり最後の最後ということで、ホントに1分1秒を惜しみ、シンシアを見ていました(実は、名古屋のラストの時は、席が後ろの方だったこともあり、シンシアの声を子守り唄にして居眠りしていて、仲間達からヒンシュクをかっていました)

調布のグリーンホールでは最前列左側で見ていました。BOSSも書いてくれたように、みんなでcameraを持ち込みました。『没収されても、代わる代わる写せばいいね!』と言っていたけど、私なんかは、ホンの5~6枚写したところで没収されてしまいました。

BOSSのおかげで貴重な写真がいまだに見ることが出来ることに感謝しています。

クリパには参加しますネ!

皆様も万障くりあわせの上、ご参加下さいませ。

お会い出来るのを楽しみにしています。

♪南沙織さん♪
素敵な思い出と沢山の仲間を残してくれてありがとうハートx2

♪Cynthia♪
いつも、いつまでも大好きだよハートx2いつもいつもファン一同Cynthiaの幸せを祈っています。

いつまでもいつまでも元気で幸せでいて下さいね♪♪
 

40周年

 投稿者:BOSS  投稿日:2018年10月 7日(日)17時53分59秒
編集済
  シンシアストリートの読者の皆さんお久し振りです??

今日は調布でのさよならコンサートの忘れられない節目の日です!
多分当時の今頃には現地に着いて、断つな青春の絆のビラ配りをしてたかな?
そこには最終最後のコンサートだけに絶対記録に残さないといけないという使命に燃えていたサオリスト達がいました。
あるものはポータブルビデオデッキにカラービデオカメラ、あるものはフィルムカメラを
いかに会場内に持ち込むか必死でした!

会場入り口ではカメラチェックが有り殆どが預けさせられました。
当時ですからビデオ関係は大きく紙袋の中に入れて上部には小物を入れて持ち込もうとしましたが、係員に見つかりもう一度人混みに紛れて何とか持ち込めました。
カメラ担当の自分はカメラバックを預けて、紙袋に本命のカメラを入れて持ち込ちました!
座席は2列目のセンターで一列目の人の頭の間から撮っていました。
暫くすると通路の最前列にプロカメラマンが何人か来ました。
それに便乗して自分も通路に出て撮りだしました。
カメラは当時プロしか持っていなかったニコンF2モータードライブ付きで、機材では負けていませんでした。

すると間も無く係員来て肩を叩いたから振り向いて、何なんだよと一喝するとスゴスゴと帰って行きました。

自分なんかはカメラを持つと性格が強気になれて怖いもんなしでしたね~??

写真を撮るのに必死で歌などは記憶に有りません。
そしてシンシアはファインダー越しでしか見ていませんでした。

この後とある場所でM君がシンシアの横断幕を持って深夜の行進しました!

早いものでもう40年もなるんですね~

ps
キンドーさん、本年のクリパは勿論参加させて頂きます!



 

さよならこんさ~と

 投稿者:KINDO  投稿日:2018年10月 5日(金)10時28分51秒
  私事ですが、KINDOの古いMACが時代遅れのためか、最近言うことを聞いてくれず、本来の記念日2日前ですが出勤先からこのカキコを投稿することになりました。よろしく。

来たる10月7日は、1978年に〈さよならこんさ~と〉(東京・調布市市民福祉会館グリーンホール)が行われ、歌手・南沙織さんが終止符を打つことになったラストステージの記念日です。
このコンサートの思い出カキコは誰かが書いてくれることでしょうし、KINDOの2016年10月2日に投稿したカキコのほうも見てもらうとして、今回は当時のエピソードを少しだけ書きたいと思います。

Cynthiaの引退年は、記録等の機器類の持ち込みは全面禁止が当たり前になっておりました。
しかし、サオリストにとって最後の大舞台を記録するという任務に、躍起になっていたセミプロ軍団の仲間たちが活躍の時を狙っておりました。 そしてビデオ&オーディオ班や写真班それぞれが、涙無くしては語れない血の滲むような努力の結果、記録取得を成し遂げています。 セミプロ軍団の仲間は〈サオリスト自身が記録せずに、誰が[南沙織]の活動歴史を未来に繋げることが出来るんだ!〉とキモに銘じながら、毎日の主軸をその活動に明け暮れておりました。 そして過去の修羅場の経験を活かして、様々な手法を用いながら持ち込み禁止に対抗していました。
雨の日も風の日も、重い機材を担いで全国各地へと出向き、良い席を獲得すべく、時には前日の会場入口に夜から並ぶことも多々ありました。 夜半は新聞紙を上着内側のお腹周りに巻きつけ、寒さをしのぎながら過ごしたこともあるという強者もおりました。

そんな彼らが取得した記録画像と情報が、フォトグラフ集〈Blue Mermaid〉(2016.0601・東京17会発行)に掲載発表できたことは喜ばしい限りです。 そして、私が時々カキコに添える写真も、今日まで残された記録があるからこそ成せる投稿でもあるのです。 40年以上前の仲間たちの努力の結晶が、こうして彼女の記録として今も継承し続けられるのです。

このような記録を残してくれた仲間たちと、記録収集に協力的だったCynthiaご本人にも、この場を借りて心から感謝のお礼を言わせてください。
「Cynthiaありがとう!  そして仲間のみんなも、ありがとう!」
※セミプロ軍団=プロ同等の機材と技術を習得し記録することに命を賭けたCynthiaファン。通称セミ軍団とも呼ばれていた。

撮影:BOSS
1)いつものようにファンに向けて笑顔で応え、語りかけるように歌うCynthia。
2)これまでの彼女の人生感や恋の思い出を、曲と曲の間に織りまぜながら語るスタイルでプログラムは進められた。
3)長~いカーテンコール後の観客も諦めかけた時、山のような色とりどりの紙テープが残るステージ上に私服姿のCynthiaが再登場。 そして、ファンに向けラストメッセージを静かに語りかけるCynthia。 彼女は、緞帳(どんちょう)が下りてしまうまで、ファンに向けて一生懸命に手を振って感謝の気持ちを表していた。 なお、投稿写真は各地の〈さよならこんさ~と〉で撮影された画像を使用。
 

クリパ告知(1)

 投稿者:KINDO  投稿日:2018年10月 4日(木)16時38分20秒
  サオリストの皆々様方、お元気でしょうか? 今年もクリパ告知第一報の季節がやってきちゃいました。 しかし、なんでこんなに月日の経つのが早いのでしょうか!? ついこの前クリパをやったばかりだと思っていたのに・・・。 これでまた一つ歳を重ねてしまうことになるわね~!

本年12/23のクリスマスは、是非ともサオリストの仲間達と「おでん」の宴(忘年会)に参加してみませんか。 そこで、嬉しい情報をひとつ、「おでん」はカロリー低めなので血糖値が気になるおじさん達が爆喰いしても大丈夫らしいですよ、やったね。(どこかのテレビで言ってたよ)

サオリストのみなさん! 今年こそ、どうか元気な内にお逢いしましょう!
年に一度の宴への参加は、自分自身が健康で行動できてこそ実現できるものです。 参加する意志があるなら体力がある限り、どうぞ遠慮なく足をお運びください。 サオリストである私たちは思っているほどもう若くはありません。 どうか元気なうちに元気な姿でクリパへご参加ください。 カラ元気でもいいからさ・・・よろしくね!
※参加者の7割くらいが下戸ですから、アルコールの苦手な方も大歓迎よん!

  ーーー 2018年 参 加 者 募 集 要 項 ーーー
  日時:12月23日(日/祝) 17:00~(時間無制限一本勝負)
     ※お店は15時から営業なので、早めの入店も対応可。
  会場:お多幸・新宿店(4F)Reserve済 TEL03-3352-4771
     〒160-0022 東京都新宿区新宿3-20-1
  交通:JR新宿駅東口・徒歩7分、※アクセスは添付地図参照。
     地下鉄丸ノ内線新宿駅B10出口・徒歩1分
     ※道に迷ったらKINDO携帯へ。出迎えに参じます!
  会費:男性:5000円前後(終宴時・均等割の明朗会計)
     女性:3000円均一、なお男性でも少食の方や遅れての参加
         & 早退の方は割引対応
  参加:下記幹事KINDOまでご一報を。
     又は、この伝言板上にハンネで参加表明してもOKでごわす!
  受付:~12月17日(月)まで。なる早の参加表明は大歓迎!
  主催:東京17会(とうきょうとなかい)
  幹事:KINDO  haneryo17@ybb.ne.jp
          自宅03-3823-2235 携帯090-3808-7086
  ※参加者へのプレゼント用お楽しみグッズ計画中!
  ※BOSSによるCynthiaに関するエピソードを披露予定!

写真は、ちょっと参加者が少なくてさみしかった2017年のクリパ集合写真です。
 

南沙織さんラストパーティー

 投稿者:仙台のTon chan  投稿日:2018年10月 1日(月)23時40分3秒
  キンドーさん
書き込みありがとうございます。(最後の写真でシンシアが持っているお人形は『シンシア人形』って、彼女が言ってました。そう言われて、よく見ればシンシアに似ている感じがしない?)

南沙織さんの引退からちょうど40年経つのですね。40年か汗早いものです。20才だった私もナント60才の還暦を迎えました。あの頃一番若かったMasked Rider さんも来年還暦汗で、彼から『老いる』なんて言葉を聞くとやっぱり月日の早さと一抹の寂しさを感じます(冬美さんに何度もMasked Rider さんの事を言ったのは、田代さんにとってもMasked Rider さんは、ファンの中でも特に気になる存在だったのかもしれませんネ!)

さてさて今ごろ

南沙織さんのラストパーティーを終えて、打ち明けをやっていた頃かもしれません。ラストパーティーの打ち上げはシンシアが当時よく髪を切っていた原宿の美容院のすぐ近くでありました。赤坂プリンスホテルからタクシーで会場に向かいましたが、この時、私は初めてシンシアと一緒にタクシーに乗りました。(一度でいいから、シンシアと同じタクシーに乗りたい♪との夢がこの時叶いました)

赤坂プリンスを出てタクシーに乗る時にもサインを求めるファンに優しく対応していました。いつもファンをとても大切にしてくれていたシンシアでした。

何故、南沙織さんのラストパーティーが10月1日に行われたかというと、シンシアはホントは9月いっぱいで仕事を全てやめて引退する予定でした。

ところが、引退を決めたのが突然だったために、ラストコンサートの会場がどこも空いてなくて、東京でのラストコンサートは『出来ない』可能性がありました。それでシンシアが9月いっぱいの引退を譲ってくれて10月7日に調布のグリーンホールでラストコンサートが出来る事になったのです。

事務所側はファンとの交流にあまり乗り気ではなく、ラストパーティーも9月いっぱいで引退した後で10月1日にするのなら『いいわよネ!』という感じで10月1日に決まったのです。

ファンをとても大切に思ってくれていたシンシアだったので、最後の最後にみんなにチャンとお別れとお礼を言ってからやめたいというのが、彼女の考えでした。

それで10月1日はマネージャーもなく(マネージャーの清水さんはゲストでは来てくれました)シンシア一人で来てくれたのです。でも初めて一人で行動したせいか、約束の時間にシンシアが来なくて、スタッフ一同大慌てでした汗

というわけで、シンシア到着後、時間があまりなくて、シンシアが『ドライヤーある?』と言って、シンシアがドライヤーで自分で上手に髪をカールさせる様子を間近で見ていました。

私にとっても『青春の全て』というほど大切な大切なシンシアと過ごす最後の時間(ラストコンサートは残っていたけどネ!)でした。今でも昨日のことのように鮮やかに覚えています。

毎年10月1日はもちろん、引退宣言をした7月3日から引退までの日々を夏になると思い出しています。

今日は羽田にシンシアを見送りに行った♪今日は浜松に行った♪今日はシンシアと海に入った(千里浜)♪今日は一緒にテレビに出た(TBS奥さま8時半です)♪今日は星空のコンサートだった♪今日は高槻のラストコンサートだった♪今日は名古屋のラストコンサートだった♪等々、毎日毎日思い出しています。

今日BOSSから『忘れているかもしれないけど今日はラストパーティーのあった10月1日だよ』ってメールをもらいました。『シンシアストリートに何か書いて』って。

自分の誕生日はつい忘れても10月1日は忘れることはない私にとっては大事な大事な記念日です。

ファンの仲間に会いたいなあ♪
 

ラストパーティ

 投稿者:BOSS  投稿日:2018年10月 1日(月)22時28分30秒
  早いもので今は無き赤坂プリンスホテルでのあの日から40年目になっちゃったのですね??
参加者として100人ぐらいだったと思っていましたが、350人だったとはビックリでした

ロビーには音声が漏れていたので、来れなかったサオリストに公衆電話から実況報告していました。
しかし突然ロビーが無音になり、どうやら主催者側の人間の仕業でロビーの音声をオフしたのでした??
何てけつの穴が小さい奴ら何だろうと憤慨しました?怒り)

そして最後に握手会になり、両側にファンが並びシンシアを迎えました。
自分は最後方に並び段々近付いて来るシンシアにドキドキでした?
そして目の前に来て手を差し伸ばすと、シンシアはありがとうと言って握手してくれました?
今も柔らかい感触は残っています!

実は昨日の夜夢にシンシアが出て来ました??
覚えているのは目が醒める寸前なので、今日の夢の中に登場してくれたのうだろうな?

やっぱり節目だから登場してくれたのかな!?

ありがとうシンシア???
 

レンタル掲示板
/83